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第46回新現役宣言フォーラム「イスラーム国とは何か―日本人の見た歴史と地政学―」

 

東京大学名誉教授・山内昌之氏を迎えて
山内昌之氏(東京大学名誉教授)

 

★第46回
 新現役宣言フォーラム

 テーマ「イスラーム国とは何か~ 日本人の見た歴史と地政学」

◆ゲスト
 山内昌之 氏〈東京大学名誉教授〉
◆ホスト
 福岡政行 新現役ネット理事長

●開催日 2015年5月13日(水)
●開催場所 東京証券会館ホール

 近年問題となっているイスラム国「IS」は、無差別テロを行っているイスラム過激派組織ですが、シリアやイラクの一部を実効支配していることから「準国家」的要素も持っています。北アフリカ、中央アジア、アメリカ、パリ、コペンハーゲンにおいてテロ活動を行うなど、勢力は領域を越えて拡大傾向にあります。
 オバマ大統領はブッシュ政権が進めていた中東への関与を撤回する方針をとりましたが、これは誤りだったようです。シリアでは市民たちがアサド政府によって多数殺害されるなど、多くの犠牲者を出す結果となりました。その副作用として生まれたのが、イスラム国です。
 イスラム国は自分たちが予言者ムハンマドから続く政治的・宗教的な正統後継者であると謳い、それを根拠に政治活動をしています。第一次世界大戦をきっかけに作られたシリアやイラクなどの国境線は認めないというのが彼らの主張です。
 イスラム史における最も深刻な問題は、シーア派とスンニ派の宗派対立です。イラク・イラン戦争や、イスラム国とアサド政権の対立もその根本には宗派間の対立があります。
 「アラブの春」が起きた時、ムバラクやカダフィは倒されました。ようやくこれから民主化だ、自由だということになりましたが、残念ながらこうした地域において民主化は成功しませんでした。ムバラク率いる軍事政権は倒れましたが、続く政権も軍のシーシー大統領です。独裁政治が支配してきた20世紀から21世紀となり、ようやく市民は自由を得たかのように見えましたが、残念ながら市民自身にその自由を運営する力がなかったのです。リビアやイエメンも同じです。内戦の中でまた内戦が起こる。宗教と政治を分離して考えることができないため、対立が続き、粛清が繰り返されています。現在のシリアは、多重的な内戦状態の中にあるのです。
 今の中東は、古いシステムが破壊されてきてはいますが、それに変わる新しいシステムがなかなか登場してこないという状況です。1991年にソ連が解体し、チェコとスロバキアなどは平和的な分離独立を果たしましたが、ウクライナ・クリミアなどでは、ソ連という一種の帝国の崩壊過程がまだ続いています。同様に中東においても、オスマン帝国の崩壊はまだ尾を引いているのです。大きな見方で見れば、そうした歴史が完結していないため、さまざまな矛盾がシリアやイラク、アゼルバイジャン、アルメニア、ウクライナなどにおいて起きているのだと考えられます。
 地球上の歴史においてシステムを作り替えるということは大変難しく、その中で文明間の衝突が起きています。片方は主張の正義、片方は自らの歴史的存在の正当性を主張し、対立するのです。日本は戦争や終戦処理を体験し、平和国家として生まれ変わってきました。しかし一部の近隣諸国は、日本による戦争の反省はまだ不十分だと言ってきています。中国共産党のように、自らの歴史解釈はひとつしかないと考える国もあります。歴史と政治外交の問題は複雑ですが、東アジア情勢にまだ救いがあるのは、その対立が武力衝突やテロの発生にまで至っていない点です。不幸な衝突が起こらないよう理性的に問題を解決すべきですし、日本はそれができる国です。中東の国々と比較すると、まだ私たちには共存の可能性があるし、問題を解決するチャンスはあるのではないでしょうか。中東に生まれた人々はそうした意味で不幸です。我々は、日本に生まれたという幸福をもっともっと考えなければならないのではないかと思います。

講演後は福岡理事長との対談および質疑応答が行われました。中東問題に関心を持つ人は多く、会場からはさまざまな質問が寄せられていました。