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第39回「新現役宣言フォーラム」:薮中三十二氏を迎えて

 

「日本のこれから・・・思うこと」
薮中三十二氏

 

ゲスト:薮中三十二氏(立命館大学教授)
ホスト:岡本行夫氏(新現役ネット理事長)

2012年3月30日、東京・港区の女性就業支援センターで、第39回新現役宣言フォーラムを開催しました。フォーラムはまず、岡本理事長の近況報告からスタート。東日本大震災の復興支援などで東奔西走された約1年間の活動「希望の烽火プロジェクト」について、現地で撮影した写真などをスクリーンに投影しながら、詳しいお話をいただきました。また今回のゲスト、立命館大学教授の薮中三十二氏には、TPP問題や緊迫するアジア情勢のいまを解説していただきました。


岡 本:新現役ネット会員のみなさんこんばんは。国際情勢についてはこのあと薮中さんからさまざまなお話があると思いますが、それにしても日本の政治は閉塞した状況が続いてますね。野田総理は前任者が残していったツケを払わされているだけでなく、自民党がサボッてきたことも含めて、やるべきことが山積しています。消費税はもちろん、TPPの問題だって自民党時代は何もやらなかったのに、いよいよ引き延ばすことができない問題として彼が取り組んでいるわけです。東日本大震災の復興もまだまだ残っていますね。私は震災以降、「希望の烽火」というプロジェクト立ち上げ活動してきたのですが、東北の海沿いの地域では美しかった町の風景が、何も残らずなくなってしまいました。豊かな暮らしがあった家々、小学校なども壊滅的な被害を受けました。政府の対応はスピードが遅すぎますね。私は新たに設置された政府の復興推進委員会の委員に任命されましたので、今後はスピードを上げての対応を進言していくつもりです。きれいなプランは次々と出てくるんですが、そんなものよりまずスピードが大事だと私は思うんです。菅政権は「政治主導でやるから役人は動くな」という姿勢をとりましたが、仕事ができる人がいるのにそれをなかなか活かさなかったことが、こうしたスピードの遅さにつながっていったんだと思います。希望の烽火プロジェクトは、生活生産システムの復旧を最優先させるという考えで活動しています。漁師が全員廃業すると言っていた南三陸では、「2カ月時間をください」と漁師を説得していた漁協の組合長を支援して、冷凍コンテナを利用した冷蔵庫、冷凍庫を用意しました。たとえ船があったとしても、冷凍設備がないと漁港というものは機能しないんですね。準備には3カ月かかってしまいましたが、企業にお願いして、40フィートのコンテナを130台提供してもらうことができました。漁師のみなさんはとても喜んでくれて、8月の末にはなんとか漁も再開されました。コンテナを改良し、工夫してさらに使いやすくしている漁師さんたちの姿を見て、私は日本の強さはこういう部分なんだなと改めて思いました。私の方はこの1年間、このようなかたちで震災支援活動をしてきました。さて、近況報告はこのへんにして、それでは外務省きってのダンディ、薮中さんにバトンタッチをしたいと思います。

薮 中:薮中でございます、よろしくお願いいたします。岡本さんとは外務省で一緒に仕事をしておりました。岡本さんの方が2年先輩で、入省当時から頭が上がらない先輩の一人でした。岡本さんは当時から現場第一で考える方でしたので、さきほどの東日本大震災の取り組みに関しても、あいかわらず行動的だなと感心するとともに懐かしい思いで拝見させていただきました。
 世界の中の日本ということを考えますと、例えば東日本大震災の報道などでは「日本人は困難の中にあっても規律を守る素晴らしい民族だ」と世界中で評価されました。しかし本日のテーマでもある「日本のこれから」を思うと、心配な部分もあります。
 いまの日本はあきらかに、これまでの遺産で生きています。世界と比べても非常に住みやすい国です。だけどあと15年も経つと、現在の状況は維持できなくなるでしょう。遺産が大きいためにあまり危機感がないんですね。「もう持たない」というところまで行き着かないと、この危機に対して動けないのではないかと、私は危惧しています。

●TPPは日本がグローバルな舞台で活躍するチャンス
 国際社会の動きと切り離された日本。TPPの問題などもありますね。この問題で大騒ぎしているのは日本だけです。参加9カ国の国の人々は、TPPなんてほとんど知らないと思いますよ。交渉にすら入ってないのに「政治を動かす大問題」として騒いでる国なんて、外国から見たら独り相撲をしているように見えるでしょう。正直、加入のメリットがすぐに目に見えた形でありませんし、デメリットは少しあるかもしれませんが、それでも僕はTPPには加わった方がいいと思っています。それは日本がもう一度グローバルな舞台で勝負できるチャンスだからです。現在世界の経済を引っぱっているのは新興国で、その大半はアジアの国々です。アジア以外の新興国であるブラジルやトルコなどは、日本に対して好意的な感情を持っています。これまでの世界経済のスタンダードは、EU諸国が作ったものですが、新興国を中心とした新しいスタンダードが世界水準になろうとしているいま、圧倒的な技術力を持っている日本は、こうした枠組みに積極的に加入することで、自ら世界のシステムを作っていくことができます。例えば地デジのシステムはEUの規格に打ち勝って、日本の規格が世界の水準となりました。中南米はいま日本の地デジシステムを採用していますし、アフリカのアンゴラでも日本のシステムが採用されています。このように、世界の水準になるということは、大きなチャンスに繋がるわけです。TPPはまさに日本がグローバルに出て行っていろんな勝負をする、そういう場所になると思います。

●日本と中国/東シナ海の問題
 東シナ海の問題については、日本政府があまり危機感を持っていないことが気になります。今年になって中国は「東シナ海が自分たちの“核心的利益”だ」という表現をするようになりました。“核心的利益”とは何か? 中国はこれまで、外交的には台湾とチベットについてこの表現を使ってきました。この言葉には彼らにとって大変重い意味があります。
 2009年11月、オバマ大統領が中国を訪れ、胡錦濤国家主席との間で米中共同声明が出されたんですが、その中に「各々の核心的利益についてはこれを尊重する」という項目がありました。アメリカ側の真意はわかりませんが、アメリカがこれを認めたことは非常に問題です。中国は「1本とった」と思っていることでしょう。この時点ではまだこの表現は台湾・チベットを差しているものと思われたんですが、翌年2010年になって中国は、「南シナ海は中国にとって核心的利益だ」と言い始めたんです。さすがにクリントン国務長官は、これには反発しました。国際的なルールとして航行の自由があるところです。フィリピン、マレーシア、ブルネイ、対岸にはベトナムがあってそれぞれが領海を主張しているこの一帯を、すべて中国のものだと言い出したわけです。私はこの主張は、中国の外交上の大きな失敗だと思っています。
 中国の軍事力はあきらかに拡大しており、アメリカが圧倒的優位を誇っていた力の差が、ここ10年間で着実に縮まってきています。アメリカに対して、経済的な部分での協力をしない、国際的ないろんな問題でも協力しないというのが中国のやり方ですが、それに加えて「南シナ海はオレたちの海だ」と言った。この最後のところはさすがに言い過ぎでした。アメリカはこのこともあってTPPや東アジアサミットへの参加を決めたようです。強気の中国を抑えることができるアメリカの参加を多くの国が歓迎しました。アメリカという後ろ盾を得て、ASEANの国々も中国のやり方に文句を言うことができるようになったんですね。
 話は最初に戻りますが、中国はこれに懲りずに「東シナ海」についても“核心的利益”だと言い始めたわけです。南シナ海の場合は他国も含めた話になりますが、東シナ海の場合、直接関係するのは日本と中国だけです。政府の対応が毅然としていないために不安に思う人もいるでしょう。しかし2008年6月、日中間では「東シナ海ガス田に関する合意」というのが成されています。九州と台湾のちょうど中間あたり、沖縄本島の北西にある日中中間線の東側と西側で、日中が共同でガス田を開発するという合意です。従来、日本は日中中間線がそれぞれの国の領海だと主張してきましたが、中国は沖縄トラフと呼ばれる沖縄の近くの海域まで全部自分のものだと言っていました。しかしこの合意では、日本が主張する日中中間線付近での共同開発を双方が認めたことになっています。中国国内ではこれは評判が悪いようでして、できればこの合意をチャラにしたい。そのためにいろいろと難癖をつけてきているところもありますが、日本政府としては相手の仕掛けに乗らないことが重要です。過剰に反応して合意をチャラにする口実を与えてしまうと、東シナ海の問題は今後ますます難しくなっていくからです。中国とは協力しあって友好関係を築く必要もありますが、一方で、国際社会のルールを破るようなことはさせないという、強い意思表示をすることも必要です。我が国としては、このことは腹をくくって取り組まなければならない問題だと思います。

岡 本:薮中さんと議論できるところがあるかと思って聞いていたんですが、私もほとんど意見は一緒です。TPPは反対論が多いですが、守ることばっかりに視点が行って、こちら側が攻めるという話になっていないですね。会議の中で日本に不利なものも出てくるかもしれませんが、だからこそ会議に加わってそれを少しでもいい方向に変えていくということは重要だと思います。
 「核心的利益」については、例えば海南島のようなあきらかな中国の領土を核心的利益などと言う人はいません。紛争地であるからこそ、そのような主張がされるわけです。アメリカが米中共同声明でそれを認めたことは、私は歴史的な失態だと思いますね。

 この後、質疑応答が行われ、会場からはさまざまな質問が寄せられました。お二人による解説も熱を帯び、たいへん内容の濃いフォーラムとなりました。