ゲスト:安藤忠雄氏(建築家)
ホスト:岡本行夫氏(新現役ネット理事長)
今回は日本を代表する建築家、安藤忠雄氏をゲストにお招 きした。ホストは岡本行夫理事長。世界を舞台に最前線で活躍されるお二人の深い洞察力で「現在の日本」をテーマに論じていただいた。
冒頭、矢野事務局長より新現役ネットの震災復興への取り組みや、岡本理事長の主催する東北漁港早期再開支援「希望の烽火」プロジェクトが紹介され、各方面の協賛企業や支援者への謝意を表した。
大震災─未だ聞こえぬ復興の槌音
まずは岡本理事長が壇上に立つ。「日本が今危機的状況にある中、安藤氏のようなバイタリティーがあり人々に勇気を与えてくれるゲストをお招きする事ができ幸せです」と前置きの後、アメリカの評論誌「foreign policy」に寄稿された米国クリントン国務長官の論文を例に語り始めた。この中の一節に、『もう一度アジア太平洋の同盟関係を見直し、これからは3ジャイアンツ(アメリカ・インド・中国)の間で協力関係を深めていく』とある。この表明は日本の存在感の低下を間接的に示したものだ。「かつてアジアの大国であった日本はすっぽりと抜け落ちている。これは少なからず我々が招いてしまった事態である」と岡本理事長は訴えた。そして、達成がいよいよ困難になってきた普天間米軍基地移設を巡る日米合意、国内の意見集約がなされないTPPへの参加、国内では法人税収が20兆円から現在8兆円にまで落ち込んでいる現実。「日本の産業の担税力は縮小の一途である」と、暗い話題を羅列する事に躊躇しながらも、日本の置かれている現状をありのままに伝える。さらに東日本大震災からの復興という大命題を背負う日本は、まだその道筋を見い出していない。ここで米国海洋大気局発表の図をスライドに映し、いかに今回の震災が凄まじいものであったかを解説。地震発生時、太平洋の海面が全体隆起した事を示すこのデータによると、津波は震源地で4メートル、それがリアス式海岸に到達し16メートルになり、山や建物にぶつかって30メートルにもなり東北の人々に押し寄せた。被災地へも十数回通っている岡本理事長は、人々の生活を全て奪い去った自然の猛威を思い知らされながら撮影した、東北の沿岸500キロに渡って続く荒涼とした風景を投影。
次に阪神・淡路大震災後にわずか2年間で奇跡的な復旧が行われた神戸埠頭を例に取った。工事を指揮した友人の運輸省第三港湾建設局長は、震災翌日すぐに復興計画の協議を開始、1ヶ月あまりで第二次補正予算案が成立した。埠頭の暫定復旧から本格復旧、資材や技術者を1カ所に集中させない方法、月200時間を超える残業を2年間続けた等の経緯を紹介。「国に仕える事を叩き込まれた役人の使命感とは、それほど激烈なものだ」と語った。しかし今回は政治主導のため官僚は迅速な動きをとれず、震災復旧は半年以上経っても先が見えない。安藤氏が参加している復興構想会議も大変素晴らしい答申が発表されたが、実際には手つかず。これは政治の怠慢である。「これまでの震災は施設の被害が中心。しかし今回は生活・生産システムまでもが破壊されている。この復旧を優先し、次にそれを支える意味で施設復旧をすべきだ。そうでないと街はよみがえらない。復興にこだわりすぎて復旧が進んでない。」現地との繋がりを密接にする岡本理事長の切迫した心境が参加者にも伝わった。
最後に自身が主催する「希望の烽火プロジェクト」を紹介。東北の漁港を応急的にでも早く復旧させるべく、同志を集め立ち上がった。魚を水揚げしてもそれを保存する施設が無い。そのために冷凍コンテナを配り始めた。他にもフォークリフトやトラックなどが賛
同を得た各企業によって用意された。とにかく漁港は魚が上がれば皆が活気づく。しかし政府の復興がそれに続いてこない。地元を去ろうとする女川の水産業者を説得する場面もスライドに写し出される。「協賛していただいている企業はトップの決断が早く、問題意識があり仲間意識も強い。先程は日本の経済・政治の先行きが暗いと言ったが、圧倒的に優れているのが日本人の現場力だ。指揮官はダメでも下士官は優れている。それを今、東北の被災地をまわりながら感じている」と締めくくった。
日本の現在
続いて安藤氏が登場。大阪は氏の出身地であり活動拠点である。その地元参加者を前に普段にも増してストレートな発言と辛口なユーモアが次々と繰り出された。岡本理事長の発言の多くに同調を示したあと、出演したあるTV討論会での事前の制約の多さを引き合いに、「日本が今なぜ元気が無いかと言うとまず本音を言わない事、前を向いてない事。戦後、日本人はどう生きてきたのか皆さんもう一回考えてほしい。」と投げかける。現在、国内の他にアブダビ、ドバイ、バーレーン、韓国、中国、台湾、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカと世界中の現場を行き来し国際的視野を持つ安藤氏は、日本式経営やアメリカとの協調により繁栄した日本の経済が終焉を迎え、外交政治も全く機能していない事を痛感している。東日本大震災の復興構想会議については「私も自分にできる事は何かと自問した上で参加したが、毎週土曜日13時から20時までの会議。8時間も頭まわりませんよ。これが日本の悪いところ。」と理念ばかりが長々と討議され、氏の提案した現実的に日本のエネルギーをどうするかという議論に及ばなかった事への疑問を訴えた。「これでは企業が海外に拠点を移し、近い将来恐ろしいほどの産業空洞化が起きるだろう」安藤氏は各地の大企業ですでに始まっているその動きを皮肉たっぷりに伝える。「大阪の会社は出て行くぞ!とかけ声だけで中々出て行かない、京都の会社は人知れずコッソリと出て行く、東京は出て行こうか、やっぱりやめよか・・・と会議ばかり」会場は失笑と爆笑の繰り返しだ。しかし氏は真顔で「この空洞化は今回の復興にも多大な影響を及ぼす危険性が大きい」と警告する。
次に東北の被災地の写真を示し、亡くなった人々のための「鎮魂の森」を作る構想を披露。また阪神大震災に続き再び遺児育英資金「桃・柿育英会」を立ち上げた事を報告。震災で親を亡くした子供たちが、今後も健やかに成長して欲しいとの願いを込めた育英資金
支給事業と、子どもたちを励まし続ける事業である。支援者は一般人から企業・自治体まで、資金提供の働きかけも氏特有の交渉力と影響力がものを言う。その顛末も独特のユーモアを交えながら紹介。会場が沸く中、私たちが今どういう立場に置かれているのか、と冷静に問いかける。終戦後の日本は大人がよく働き助け合い、子供は親の言う事を聞き目が輝いていた。今はどうだろう。「全て無くなって、勇気もエネルギーも競争心も無い。」「子供には野生と教養の両方が必要。それは皆わかっているが自分の子供は別」そんな今の親に安藤氏は怒りを隠さない。氏の事務所に自転車で6日間かけ東京からやってきたアルバイトの学生、「こういう意気込みが欲しい」と具体例を語る。そして客席へ「我々に昨日の思い出はありますか?感動ありますか?」「我々が勇気のある子供を育てるには我々自身が勇気を持たないと」と呼びかけた。「建築にしても今は自由が無い」ここで安藤氏は自身の出世作として有名な『住吉の長屋』を「悪名高き」と紹介する。リビングから台所へ行くにも、寝室からトイレへ行くにも中心の中庭を通らなければならず、住む人が自然の変化に対峙し試されるという画期的な設計理念を持つ一般住宅である。「家は本来住む人が自分で工夫して自然と共存するもの」「外出先でも自宅の風呂を湧かす事が出来るだなんて、そんな事をしているから人間がダメになる」「便利のために失ったものが多すぎる」と快適性ばかりが追求される現代へのアンチテーゼを連続してぶつける。次に映し出されたのは大阪のサントリーミュージアム。当時社長だった故佐治敬三氏が、「思い切ってやれ、責任はわしがとってやる」との後押しに、建物だけでなく正面に広がる護岸と海も含めた設計を行った。護岸は建設省、海は運輸省の管轄である。しかし氏は躊躇せず、運輸省へ交渉に行く時は建設省が了解しているような顔で行き、建設省へ交渉に行く時は運輸省が了解しているような顔で行ったという。各省間の連携が無い縦割り行政を逆手に取って交渉をまとめ上げ、自身のビジョンを形にしたのだ。また実現はしなかったが併設する海遊館の前の海に、なんとシャチを3匹飼うアイデアも提案した。「私は学歴や社会基盤など、守るべきものが無い」巨匠と呼ばれながらも失わない身軽さと冒険心は痛快である。さらにアサヒビール大山崎山荘美術館、阪神大震災のあと半年間ボランティアで行った復興住宅の設計、復興の象徴として取り組んだ兵庫県立美術館を紹介。政令指定都市に植樹の寄付を募った防災公園は、現在これほど成長しているとスライドを示す。「人間は産んだら育てなければならない、街は作ったら育てなければならない、今子供を育てられない親が子供を産むから虐待等の事件が起きるのです」氏の建築哲学はそのまま人生哲学に。そしてアメリカの実業家であり詩人サミュエル・ウルマンの「希望ある限り人間は若く、失望とともに老いるのである。」という一節を引用。最後まで会場の参加者の心を鼓舞し勇気づけた。
日本人が身につけるべき教養と多様性
このあと再度両氏が壇上に上がり意見が交わされた。岡本理事長は「あれだけの毒舌で人の恨みを買わないのは人徳としか言いようが無い。」と微笑みながら賛辞を送り、さらに「安藤氏が問題にした子供たちの野生と教養、特に教養に関して言えば、英語力テスト
の世界順位が非英語国163カ国の中で日本は137番目。これはどうしたものか」と問う。安藤氏は「日本人の英会話が劣る要因は言葉より気持ちが逃げている事」とハンガリー人のスタッフが車と接触しケガをした際、日本人が声もかけずに通り過ぎてしまったエピソードを語った。岡本理事長は現在の政権に対し「役人に威張ってみたり恐れてみたり、今は権力の移行期だから、その権力に対し正しい接し方ができるまで、まだまだ民主党の政治運営は安定しないだろう」さらに「多様性を取り入れることが出来ない事が日本の最大の弱みになっている」と説いた。
最後に参加者との質疑応答が行われ活発な意見交換がなされた。安藤氏の言葉に宿る精神性と漲るパワーが会場の隅々にまで及び、終始熱気を帯びたフォーラムとなった。
安藤忠雄氏プロフィール
建築家。大阪生まれ。独学で建築を学び、1969年に安藤忠雄建築研究所を設立。
代表作に「六甲の集合住宅」「光の教会」「FABRICA(ベネトンアートスクール)」「ピューリッツァー美術館」「地中美術館」「表参道ヒルズ」「プンタ・デラ・ドガーナ」など
79年「住吉の長屋」で日本建築学会賞、85年アルヴァ・アアルト賞、89年フランス建築アカデミーゴールドメダル、93年日本芸術院賞、95年朝日賞、95年プリッカー賞、96年高松宮殿下記念世界文化賞、02年AIAゴールドメダル、京都賞、03年文化功労者、05年UIAゴールドメダル、レジオンドヌール勲章、06年環境保全功労者、10年ジョン・F・ケネディーセンター芸術金賞、後藤新平賞、文化勲章。
イエール、コロンビア、ハーバード大学の客員教授歴任。
97年より東京大学教授、03年より名誉教授。
著書に「建築を語る」「連戦連敗」「建築家 安藤忠雄」など。
安藤忠雄氏(建築家)